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酔仙のいま

東日本大震災発生

2011年3月11日 午後2時46分
地震発生。宮城県沖、マグニチュード9.0。

3月11日、午後2時46分、突然激しい揺れに襲われた。

非常に長い揺れが続き、金野社長は「その間建物が持ちこたえられるかどうか、早く揺れが治まってほしい」という気持ちでいっぱいだったという。

揺れが治まった頃に酔仙酒造構内に居た従業員は、一旦広場へ集められ、「解散指示」のもと避難や帰宅を始めた。

陸前高田市内の防災無線から流れていた避難指示は、始めは落ち着いた口調であったが地震発生から30分後徐々に緊張感を増していき、最後は悲鳴のような叫び声に変わっていた。その声に誰もが「ただならぬ状況」であることを認識した。その直後、想像を遥かに超える大津波が酔仙酒造敷地内に到達し、大量の瓦礫の塊が水しぶきとともに押し寄せて来た。

酔仙酒造は敷地全体が大津波にのまれ、木造4階建ての倉庫を含む全ての建物が水面下に沈み、壊滅・流失した。

酔仙酒造の被害状況

酔仙酒造の被害状況 ・・・「壊滅」

東日本大震災の津波で、酔仙酒造は7名の大切な従業員を失った。この7名の命が奪われたことが、酔仙酒造にとって何よりもつらい被害だった。

震災当日はすぐに日が暮れ、辺りの状況が把握できなかったが、翌日の3月12日に近くの中学校から酔仙酒造構内の様子を窺い知ることができた。水はすっかり引いていたものの押し寄せた瓦礫の山で辺り一面が覆われており、仕込み蔵の一部が瓦礫の中にかろうじて見えているといった状態。

「もしかしてあの建物は大丈夫なのでは……?」「もしかしたら無事なタンクが残っているかもしれない。」といった淡い期待は、この日この現場を見た途端、あっさりと打ち砕かれた。

酔仙酒造の施設・設備・在庫の被害状況としては「壊滅」のただ一言に尽きる。

施設・設備を失い、酔仙酒造は陸前高田の地で今期の醸造を行うことが不可能となった。さらに、商品による収益も一切見込めなくなったため、休業を余儀なくされた。

震災から現在まで

瓦礫撤去が進む酔仙酒造跡地

震災後、数日のうちに沢山の重機が被災地に運び込まれ、酔仙酒造構内でも自衛隊による遺体の捜索と瓦礫の撤去が始まった。

「再建の目処が立つまで何とか我慢してほしい!」と、金野社長は従業員を3月31日付で解雇。従業員には失業給付金が支給されるようになった。そのうえで、行方不明者の捜索や瓦礫の撤去、地域でのボランティア、生活を維持するための様々な活動など、それぞれができる限りのことを続けてきた。

復興を目指して

散乱したタンクや倒壊した建物が敷地の脇に寄せられ、まもなく構内への出入りが自由になった。瓦礫の山と化した酔仙酒造跡地を目の当たりにし、復興へのわずかな望みが絶たれようとしていた。

そんな中、仕込み蔵の上まで打ち寄せられた瓦礫の山の中から突き出た鉄骨の先に、「酔仙」と書かれた酒樽がぶら下がっているのが発見された。

「津波で全てを失ったにも関わらず、この偶然引っかかった酒樽が“酔仙ここにいるよ!”と頑張っているようで、見えない力が酔仙の「復興」に向けて背中を押しているようだった」と金野社長は語る。

いつまでも起きてしまった事を悔やんでいても始まらない。まずは、前を向いて出来ることは全てやる。そして、最終的に気仙の地へ戻る事を誓い、酔仙酒造は復興への一歩を踏み出した。

醸造施設の移転準備

津波で醸造施設の全てを失った酔仙酒造は、醸造を再開するにあたって仮の工場を探す必要に迫られていたが、ここでも大きな力に背中を支えられた。

復興へ向けて歩み始めた酔仙酒造には多くの声と支援が届けられた。そして、同業者であり酔仙酒造と同じく岩手県酒造組合に所属する「岩手銘醸株式会社」の協力を受け、「玉の春」千厩営業所内の醸造施設を借り受けられることになったのである。

この蔵は、大正元年に県内有数の富豪といわれた大東町の横屋総本家から分家し創業した由緒正しい蔵で、蔵の中の母屋は国の有形文化財にも指定されている。

伝統ある醸造設備を新たに確保し、酔仙酒造は復興への道のりを着実に歩き出した。

6月27日、酔仙、再始動

6月27日、月曜日。陸前高田市内で会議室を借り、社員説明会が開催された。

この日の説明会では、一関市千厩町で操業を再開すること、29日付けで移転免許が交付されることなどが発表された。

7月下旬頃を目処に千厩「玉の春」営業所内で醸造準備を始め、8月下旬から醸造を開始する予定だ。

商品を心待ちにしているお客様に対し今まで非常に心苦しい思いであったが、酔仙酒造はようやく商品の製造に向けて動き出した。

復興への第一歩。6月29日、移転免許交付。

酒造りに欠かす事ができない「清酒製造免許」は工場の所在地に対して与えられる。酔仙酒造は元の住所から「千厩・玉の春営業所」へ清酒製造免許を移転するため、税務署から移転免許を得る必要があった。

そのために、岩手銘醸株式会社や盛岡税務署と何度となく調整を重ねてきた。そして6月29日、水曜日。念願の移転免許が一関税務署から交付されたのである。

「ようやくスタートラインに立てた」と金野社長は語る。今後は事務所の設置や蔵の掃除を行いながら、10月1日の「雪っこ」発売を目指し、仕込みの準備などを進めていく予定だ。

9月12日、新酒の仕込みを開始

9月12日酔仙酒造では今期最初のお米が洗われた。これをもって、今期の醸造開始となる。
「震災から半年、とうとう醸造を再開することが出来、本当にありがたい気持ちです」と金野社長は語る。

本日は、お酒を三回に分けて仕込む三段仕込の最初の仕込をするためのお米180キロが洗われ、翌日の朝「甑(こしき)」とよばれる器で蒸し、タンクへ仕込まれる。
お米の処理量は徐々に増えてゆき、10月には最初の「雪っこ」が誕生する予定だ。

10月17日 震災後初の新酒「雪っこ」出荷

10月17日酔仙酒造では震災後初となる新酒「雪っこ」が出荷された。
当日は陸前高田氷上神社より神主様にお越しいただき、酔仙酒造の復興祈願の後、清め払いされた蒼々とした杉玉が掲げられるなど、出荷式が盛大に行われ、雪っこの出荷を祝った。
金野社長の挨拶が行われた後に、雪っこを積んだトラックが酔仙酒造を出発し、社員一同に見守られ震災後初となるお酒が無事出荷された。
今回のお酒を「本当にたくさんの方が支援してくれてできたお酒」と社長は語る。

今後は安定供給にむけ雪っこの仕込みを続けるとともに、年末に出荷予定の本醸造生原酒「初酒槽」の製造にむけ準備をすすめていく。

12月13日 本醸造生原酒 初酒槽 出荷

雪っこに続く震災後2本目となるお酒、本醸造生原酒「初酒槽(はつふね)」を酔仙酒造は12月13日に出荷した。
いままで雪っこのみの出荷だったが、この日は目新しいダンボールを載せたトラックが千厩玉の春工場を出発していった。

2011年は誰にとっても決して忘れられない年となるが、ゆく年を想いくる年を迎えるこのお酒とともに、2012年も酔仙酒造は復興へ一歩一歩進んでいく。

2012年3月8日 新工場予定地での地鎮祭

2012年3月8日 酔仙酒造は岩手県大船渡市の新工場予定地にて地鎮祭を行なった。

震災直後に「最終的にはこの気仙の地に必ず戻ります」と力強く語った金野社長の想いの実現と、酔仙酒造の復興にとって大きな一歩となった。

2012年03月27日 今期仕込み作業完了

2102年3月27日 酔仙酒造は最後の醪をタンクに仕込み、今期の仕込み作業を完了した。
現在タンクに仕込んでいるものは夏以降「本醸造 からくち」「純米酒 オールいわて」として出荷される予定だ。

「昨年の3月から1年。いろいろなことがあったが、今期もこうして無事仕込みを終えられてホッとしている」と製造部金野泰明氏は語る。

今後は、仕込みの終わったお酒の発酵、大船渡の新工場の準備を進めていく。


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